「仏教保育目標」に対する職員のエピソード記録より
当園は勝法寺(浄土真宗興生派)が創設して今年で74年となり、仏様や開祖親鸞様の教えを保育の根幹としています。仏教保育のねらいを毎月行事予定に書いたり、園のしおりに書いておりますが、それを保育現場で生かしていくにはどうしたらよいのか、また他園から就労してきた職員の戸惑いもあるようですので、まずはその目標にちなんだ園児や保護者や職員のエピソードを各自記録していこうということになりました。
昨年の12月から、すべての職員が自由に記録し、職員会でも担当クラスが発表しています。今年4月から職員の記録をいくつかご紹介しましょう。
4月 保育目標:合掌聞法
(自分と違う考えやことばに耳を傾け他の人をうやまう)
〇 朝夕のお礼の時間のとき、静かに座って手を合わせたり、じっと保育者の目を見て話を聞いたりする様子に成長を感じます。
お光を灯して合掌し、ハミングする時、私はいつも目を閉じて自分の内側に意識を向けています。眠っていると思い、トントン膝を触って起こそうとする子もいれば、真似して目を閉じる子もいます。そして、目を開けた瞬間、じーっとこちらを凝視している子どもたち。目を開けたことに安堵してか、目が合うとにこーっと微笑みます。手を合わせ目を閉じ、ただ静かな時間を共有することの尊さを実感しています。 (1歳児担当)
〇 こちらの園で働かせて頂くことになり10ヶ月が経ちました。今まで経験したことのない仏教保育に初めは戸惑いましたが他の先生方が丁寧に教えてくださり、すぐに職場に慣れる事ができました。仏教についても詳しく教えて頂いたので、自宅でも仏様に手を合わせる事が増えました。
4月から新クラスのスタートとなりましたが、同じクラスの先生方がとても親しみやすく、色々と話をしながら進めていく事ができています。保育内容についての話し合いでも、新しい発見や知識を得られ、勉強になります。 (1歳児担当)

5月 保育目標:持戒和合
(人を批判することをやめ、弱くてわがままな自分を自覚し集団生活の約束を大切にしましょう。)
〇 4月に進級したさくら組の子ども達。フリーとして初めてクラスに入ると、久しぶりの再会で「せんせー。」と近づいて来て嬉しそうだった。一方、環境の変化で不安と緊張で登園時に泣いたり、ぐずったり戸惑いを感じる子もいた。この時、私自身さくら組の手伝いで、戸惑う面もあったので、子どもにすれば無理はなく、しっかりと受け止めなければと思った。
その頃から2ヶ月近く経ち、さくら組に入るとがらっと様変わりをしていた子どもたち。朝、泣いていた子も笑顔で、「ぼく、もう泣かなくなったよ!」「どうして?」と聞くと、「楽しいから。」と返ってきた。また、友達の持っているおもちゃを欲しがり、トラブルを起こしたりする子も少なくなり、落ち着いて遊んでいる姿が目に入った。
自我を抑えきれず、すぐに泣いたり、怒ったりしていた子どもたち。集団生活の上では、それが通らないことが、自分なりに気づき、乗り越えなければ、友達と楽しく遊べないと自覚してきたようだった。集団での規律、自我との葛藤を繰り返しながら、なかよく遊ぶ、優しい心、我慢する心、約束を守ることなど、難しいかもしれないが、少しずつ学んで、成長している子どもたちに感動させられる思いであった。 (フリー担当)
〇 入園して1ヵ月はよく泣いて、お部屋の中が全く落ち着かず、個人、個人の流れや思いで生活していた子どもたちでした。それが半ばぐらいに急にみんな揃って朝のおやつを食べられるようになりました。お友達みんなが席に着くのを待てたり、おやつが自分の前に配られるのを待てたりと、簡単で小さな決まりですが、守ろうとし始めています。私たち担任は、その小さな出来事をみんなで「すごい!!」と言って褒めて伸ばしていこうと思っています。
小さなことからコツコツと子どもたちに伝えていき、それが集団生活の中のルールだと知り、無理なく楽しめて行けたらいいなと思います。
(乳児担当)
〇 子どもたちは園の生活にも慣れてきて、あれほど泣いていた子も、ようやく彼らなりの自覚が芽生えはじめ、すっかり泣かなくなりました。集団生活になじんで、楽しい園生活が送れれば、それはそれで言う事はありません。ロープが首に巻きついたり、りんごを喉に詰めたりと、いろいろな事故を耳にするたびに、一時も目が離せないなぁと思います。
私達職員も集団の中で嫌なことを人のせいにせず、自分で制御し、みんなと助け合っていくことが、子どもにとっても、自分にとっても、さらには園にとっても大切なことだと思います。 (フリー担当)

6月 保育目標:生命尊重
(自分の生命を大切にすることと同様に人及び人以外の生物の命も大切にしよう)
〇 梅雨に入ると田植えが始まり、田んぼではカブトエビやアメンボウ、カエルなどの小さな生き物をよく見かけます。また、その虫を食べにサギやカモなどの鳥たちも田んぼで見られます。この小さな苗が雨や太陽を浴びてすくすく育ち、私たちの主食の米となります。自然の恵みと植物の命をいただいていることに感謝しなければならないと稲を見て実感します。
[さくら組]:園庭に出ると、虫好きな子どもたちが4〜5人、バケツを持って植木鉢をひっくり返したり、枯れ草の下を探してだんご虫を見つけています。手の平に乗せてつついて丸くなる姿を楽しんでいます。でも、園庭での自由遊びが終わると、バケツから出して逃していました。「かわいそうだから逃してあげよう!」と言って、虫にも命があることが理解できているようです。
[すみれ組]:園庭遊びで1人の子どもが小さな虫を見つけて、つついて遊んでいました。すると、もう1人の子どもが「虫にも命があるから、殺したらだめだよ。逃してあげよう。」と言いました。その近くにいた子どもが「そうだよ。虫にも命があるから、殺したらだめだよ。」と言うと、「蚊は人間の血を吸うから殺してもいいよ。」4人は「蚊は殺してもいい。」と言う意見。1人だけが「蚊にも命があるからダメ。」と言う意見。私たち大人は当然のように蚊を殺していますが、純粋な子どもの一面が見られました。(フリー担当)
〇 さくら組では、たくさんの生き物を飼育している。特に、かたつむりには、子どもたちは興味津々で、自由遊びの時など子どもに見やすい机の上に置くと、たくさんの子が集まってきて、じっと見ている。「かたつむりは何を食べるのかな?」の保育者の問いに「わからん。」「ご飯?」とはてながいっぱいの子どもたち。「本に書いてあるよ。」と保育者。「おうちに本はない。」「持ってない。」と子どもたち。「じゃあ、スマホやパソコンで調べてごらん。お父さんとお母さんと一緒にしたらわかるよ。」それから子どもから、「先生調べた。」「これ食べるよ。」「お母さんが冷蔵庫から出してくれた。」とたくさんかたつむりのごはんがやってきた。中でもS君は自分で種から育て、収穫したきゅうりを手に持って登園してきた。
かたつむりの命と、大切に育てたきゅうりの命がつながっていく事を体験できた日々だった。(3歳児担当)
〇 子どもたちによる農園活動のゴーヤの種まき。子ども一人一人大切に手にしたゴーヤの種、自分たちの手で土作りをしたプランターに、一粒一粒気持ちを込めて慎重に作業をする子どもたち。それから日々の水やりや観察を保育士と共に楽しんでいる姿や、虫にも興味を示し、植木鉢を動かして、まる虫あつめに夢中になっている子があちらこちらで見られる。
ゴーヤの種まきから数日後の土曜日、待望のゴーヤの双葉の芽が出た「先生、葉っぱ(芽)が出てる。」と、Kちゃんの驚きのことば、そして次は、芽の横のまる虫を見つけ「まる虫さん!まる虫さんのお家は植木鉢の下よ。」と優しくつぶやき、玄関横の植木鉢に戻すKちゃん。ゴーヤの芽、まる虫どちらの生命にも配慮したKちゃんの気づきと行動にとても驚かされた私。どの年齢児も日々の保育現場や仏教行事などで身に付いた「生命尊重」の教え。核家族、近隣との希薄性のなか、365日生活を共にする私たちの役割は大である。小学生、中学生、成人しても朝夕の「合唱礼拝」「食前、食後のことば」等をひとつでも心にとめてくれるよう育みたい。 (フリー担当)

「おうまのおやこ」12月に続く
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