Vol.326

 

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T 年少期の自分と向き合うことで

 6歳と8カ月の子を持つお母さんからの相談。彼女は厳格で過干渉な両親に育てられ、自分で考え、判断し、行動する力がないと感じ、辛いと自らのことを語りました。一方で子育てのあり方については、自分は過干渉にはなりたくないと、子どもが持っている「その子らしさ」を大切に育てたいと思っていましたが、日々の子育てでは指示や禁止の言葉を発している自分に気づき、理想と現実のギャップの中で、自分の言動に傷つき、自尊感情を大きく損なっているようでした。子育てについては、子どもが本来持っている自ら育っていく力を尊重し、様々な体験を通して学んで欲しい、自分は何でも先回りして失敗や挫折をしないように防御するのではなく、見守り、成長を応援したいとしっかりと理想を言語化していました。
  しかし、電話での対応の初めのころは、支持的な言葉をかけても「したくないと思っていたことをしてしまっている、そんな自分なんです」と自己否定した言葉を繰り返していました。
  そこで少し矛先を変え、彼女自身の養育体験について話してもらいました。すると、両親に自分らしさを抑圧されて育ってきた、言いたいことはあったのに言えなかった、そんな自分に納得できなかった、両親の描くいい子でいてしまう自分に抵抗を感じてきたことを話してくれました。
  そのことを受け止めた上で、「自分で自分に気づいていますよね。自分を褒めてあげましょう。褒めていいんですよ。」と声をかけると、しばらく沈黙した後、彼女は「これまで褒めたことはなかったです。そうか、いいんですね、褒めて。」と納得したように言いました。その後、お母さんは自分軸を持っていること、自分が思考し行動できる力を持っていること、今の自分に自信を持っていいこと、その自分を受け入れはじめたようでした。「やっていけそうです。」と明るい声で受話器を置かれました。
  このお母さんの事例では、幼少期の養育体験にまつわる感情に向き合い、言語化することを通して、自己肯定感を回復し、子育てに前向きに考える支援につながったと考えます。

U HSC児に理解を 

 私は最近、人の手を多く必要とする「HSC(Highly Sensitive Child)」(直訳すると「人一倍敏感な子」と呼ばれ、不登園になりやすい子がいることに注視したいのです。HSCは、アメリカの心理学者、エレイン・アーロン氏が提唱した言葉です。HSC児の親は、子どもがあまり眠らず、食が細く、すぐ泣くなど「育てにくい」と悩むことも多いようです。
  HSC児の主な特徴は、
 @深く考えて慎重になり、行動するのに時間を要す。
 A大きな音が苦手、痛みに弱いなど過剰な刺激を受けやすい。
 B共感力が高く、些細なことでも心配しすぎる。
 C微かな臭いや、人の表情など細かな変化に気づく。です。
  共感力や思考力の高さを長所としているのですが、大勢の輪に入るのが苦手だったりします。
  このような子には「その子の言動を否定しない」、「穏やかな口調で伝える」、「大勢の集団での活動に参加した後は、ゆったりした少人数での時間を持たせてあげる」などの配慮が必要です。
ここで注意したいのは、あくまでHSCは生まれ持った性質であって、治療が必要な病気ではないことです。また、環境によってHSCになるということはありませんが、環境の影響を受けやすい性質であることです。私は、子育て環境の大切さを改めて学びました。

V 思うようにいかない子育てについて  

 1事例目の電話相談は、保育園ではいい子なのに家では言うことを聞かない5歳の女児についての母親からです。かなり感情的になっており、子育てのイライラが伝わる口調で母親は話し始めました。どうやら、女児は保育園ではとてもいい子で、担任の先生の話をよく聞いて素直に受け入れているとのこと。一方、家では保育園とは全く違う行動が目につくため、「ぐずぐずしないで」「だらだらたべないで」「好き嫌いしないで何でも食べて」などと朝から叱ってばかり。イライラが募っており、口うるさくなってしまうことに反省しつつも、いつになったら言うことを素直に受け入れてもらえるのかと悩む日が続いているようでした。「お母さん、自分の都合を優先しがちではないかしら。子どもが思い通りに行動しないことは多少ありますよね。それをご自身で分かっていてもつい叱ってしまうのかしら。深呼吸して少し子どもの様子を見守りながら待つことも大切ですよ。」と伝えると、「確かに私の都合で子どもを動かしている時もあるのかな。娘は、担任の先生はよく話を聞いてくれるから大好きといっていました。」
  2事例目は、最も多い相談内容の1つですが、ついつい5歳のわが子を他児と比較してしまう母親からです。「〇〇ちゃんは出来ているのにうちの子は同じように出来ない。」「うちの子は他のお友達に思いやりの気持ちを持てない。」などとわが子の成長が心配なのは分かります。「でも、心も身体も成長のスピードは人それぞれ、ゆっくり見守っていたらどうかしら。そして、子どもの話をゆっくり聞くことが大事ですよね。」と伝えましたが、わが子の成長を願う気持ちが抑えられないようでした。
  思うようにいかないと悩みの尽きない子育てですが、ちょっと立ち止まって子どもに寄り添ってみる、いつもの見方や考え方を変えてみる、それだけで悩みが解決することも多いのではないでしょうか。子育ては、人生の中で短いけれど大切な時間です。少しでも笑顔で穏やかな気持ちで過ごせるといいですね。

「保育界」2021年