タイトル画像 タイトル画像 ~ Vol.352 ~

「うしろすがたが教えてくれた」

清水 玲子 著 (かもがわ出版)

全国の保育所の勉強会や研修会に参加指導され、現場のこどもや職員、保護者の努力やがんばりの姿を伝えてくれています。それから抜粋してご紹介しましょう。)

やっとつかんだ心地よい眠り

 保育園で毎日ぜったい昼寝をしない子がいた。4歳の時、ほかの園から転入してきたGちゃんである。よくあることであるが、すでに仲間が作られているなかに入ってくるのはたいへんだったようで、仲間外れになることもあり、居場所のできないあいだ、Gちゃんは担任の先生にくっついていた。そのポジションも、競争率が高かったが、新入園でもあって担任の先生も気を配り、先生と一緒だと友だちとあそぶこともできた。次第に園に慣れていったのだが、昼寝だけはぜったいしなかった。 はじめは寝かせてもらうのだが、寝ないので、誰もいないホールのすみの絵本コーナーで先生に本を読んでもらったり、先生といっしょになにか作り物をしたり(Gちゃんは製作が好きだった)して過ごしていた。初めの時間帯ではたいてい非常勤の先生がつきあい、後半は大好きな担任の先生が1対1でかかわった。そして、とうとう1年間1回も保育園では寝ないで過ごしたのだ。

 ほんとうに寝ないでよいのか、Gちゃんだけずるいとならないのか、といった「心配」もだされたし、先生も寝かせようとも努力はしたけれど、でも、Gちゃんの強い意思表示を受け入れようとする空気もあった。担任の先生の休憩が減ってしまったり、職員配備で苦労もありつつ、担任としてはこの時間にGちゃんとつきあおうと決めてがんばっていたようで、Gちゃんはこの時間、おとなとときにはやはり寝ないというほかの子も交えてのんびりした時間を過ごした。

 ところが年長になってからの10月、運動会が近くなってきた頃、Gちゃんがついうとうとと寝てしまう「事件」が起きた。そのころGちゃんは苦手な縄跳びに自分から挑戦して、全身でどたんどたんと飛ぶのでよほど疲れていたのかもしれないとそのときついていた非常勤の先生は言う。

そのあとまもなく、こんどはGちゃんが、その先生にお昼寝のときトントンして、と予約を打診してきたのである。先生はびっくりしたが、もちろんトントンしに行き、即興で作った竹馬のうた(?)を唄いながら全身をゆっくりさすってあげたら、気持ちよさそうに眠った。20分で起きてしまったというが、初めて自分から寝ようとして、しかも心地よく寝られた画期的なできごとであった。

 そして、その日も同じ先生にトントンしてというリクエストがあり、脇に行ったら、竹馬のうた唄って、との要望もあり、前日と同じようにゆったりと唄いながら全身をさすってもらって眠り、こんどは30分眠れたそうである。このニュースは園内をかけめぐり、転園してきてから1年半決して眠らなかったGちゃんがとうとう眠る人になったということでみんな喜んだ(4日目、その先生が不在で、別の先生がはりきって寝かせたのだが、即興のうたが違ったからなのか、その日は寝なかったそうである)。

 園長先生が、ある日のお迎えのときにGちゃんのお母さんが「もたもたすんな!」「置いていくよっ!」とイライラしてGちゃんに大声で叫んでいたことをみんなに話した。そしてそのときGちゃんが「お母さん、大好き」と言ったのだそうだ。とくにお母さんの反応はなく、そのまま親子は帰っていったそうだが、聞いていた先生たちはしーんとしてしまった。Gちゃんはお母さんに見捨てられまいと必死だったのではないか、そうした日々を5年間生きてきたGちゃんは、心から安心しておとなにすべてをゆだねる心地よさを知らなかったかもしれない。この保育園でやっと見つけた安心で心地よいGちゃんの眠りを大事にしていこう、ときっとみんな思ったに違いない。

「進級」って子どもにとってはどんなこと?

 4月になると、保育園の子どもたちはひとつ年齢の上がったクラスになる。担任の保育士は、子どもたちといっしょに持ち上がるケースもあれば、ほかのクラスの担任になるケースもある。

 あるベテランのその先生は、1歳児クラスの担任だったが、4月に同じ子どもたちの担任として2歳児クラスには持ち上がらず、3歳児クラスの担任になった。 10日ほどたって、園庭でクラスを越えてみんなであそんでいるとき、去年受け持っていた子どもたちに出会った。子どもたちは、「先生!どこに行ってたの?」とうれしそうにかけ寄ってきた。先生は「先生、こんど〇〇組さんの担任になったの。だから〇〇組のお部屋にいるんだよ」と笑顔で答えた。それぞれの保育室にもどるとき、3歳児クラスの子どもたちともどろうとしたその先生に、さっきの子どもたちが、「先生、どこに行くの?」と聞いてきたそうだ。 「先生はこんど〇〇組の先生になったから、〇〇のクラスのお部屋に行かなくてはならないの。〇〇組のお友だちが待っているからね」とまた説明したが、2歳児の子どもたちがそのことを理解し、納得していないのはよくわかったという。

 1歳児クラスの担任だった先生が、翌年も1歳児クラスの担任になった場合、こんなこともある。2歳児クラスに上がった子どもが、はじめは自分も今までと同じ部屋にいるのが当然という感じで2歳児クラスの部屋に移動せず、元いた1歳児クラスの部屋にいたりする。新しい1歳児クラスの子どもたちがおもちゃなどを持つと、だめーっと言ったりして、「もうあなたは2歳児さんのクラスだよ」と元担任だった保育士に強く言われる。すると、大好きだった先生を1歳児クラスの部屋で見かけたりしても近寄ってこなくなり、目があってもふっとそらして遠くから見ている、と言った姿になったりする。

思えば、進級というかたちでクラスや担任が4月にかわるのは、私たちにとっては当たり前のことになっているが、子どもたち、とりわけ低年齢の子どもたちには理解できないことかもしれない。きのうまで自分のところに毎日いた先生が、どうしてきょうになったらいなくなって(あるいは見えていてもほかの部屋でほかの子どもたちと生活していて)もどってこないのか理解できないし、納得できない。かわったばかりの4月頃にはきっと子どもたちの頭のなかは、はてなマークでいっぱいなのではないだろうか。

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