Vol.306

 

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母に悩んだ 母になった!

 岩手県警の少年補導職員、木井さくやさん(52)が少女と初めて会ったのは、盛岡東署の一室だった。万引きで補導されて半年。最近の生活ぶりを聞くと、
「授業についていけない」「頼れる人がいない」と、14歳の少女は、遠慮なく悩みを打ち明けてきた。
まっすぐな子だ。それが第一印象だった。
警察を毛嫌いする子が多いなか、少女からはたびたび電話がかかってきた。平日の昼間しか電話に出られないと伝えても、朝出勤すると、留守電に「かけ直すね」とメッセージが残されていた。
先生のこと、友達のこと。少女と交わす多くは、とりとめもない話だった。ただ、ときどき母親のことが話題になった。叱られた。話を聞いてくれない。少女はけんかのあげく、家を飛び出し、深夜徘徊(はいかい)を繰り返していた。
中学を卒業した少女は県外に出て、アルバイトをしながら各地を転々としていた。木井さんは手紙を送り、「困ったことがあったらいつでも連絡してね」と伝え続けた。お母さんとの関係を取り戻すことができれば、少女は変わっていける。10年あまりの経験からそう感じていた。
〈どうすればいいかな〉
少女から初めて返信が届いたのは、11通目を書き送った数カ月後、2018年6月のことだった。丸っこい平仮名で、知らない土地での生活ぶりがつづられていた。お母さんとうまくいっていない、とも書かれていた。
〈ずっとうまくいかない、何もかも〉〈やだー人生たのしくないよー〉
不安になった。でも、少女との距離が近づいた気がして、ほっとする気持ちもあった。
4カ月後。久しぶりに帰省した、と電話で連絡があった。「駅まで来てくれない?」。迎えに来てくれる人がいない、お金もない、今日だけ、お願い。少女はそう訴えてきた。
「本当のお母さんみたい」。以前、少女にそう言われたことを思い出した。補導職員として、相手とは一線を引かなくてはいけない。「警察はタクシー会社じゃないんだから」と伝えて電話を切ったが、家に帰ってからも彼女のことが頭から離れなかった。
その年の暮れ。「近くにいるから」と連絡があってすぐ、少女は警察署に現れた。おなかが大きく膨らみ、手にはもらってきたばかりという母子手帳が握られていた。
19年9月、少女に招かれてアパートを訪ねると、リビングの日がよくあたる場所で、毛布にくるまれた赤ちゃんがぐっすりと眠っていた。
「遊んでばかり、迷惑かけてばかり。そんなママだったら、この子はやだろうな。うち、この子が恥ずかしくないママになりたい」
そんなこと言いながら、手際よくミルクを準備する少女の姿に、木井さんは目を細めた。
うれしい知らせが、もう一つあった。
妊娠を機に少女は実家に戻り、出産まで母親と一緒の時間を過ごしていた。定期健診の行き帰りには送り迎えもしてもらっていたという。母親から「何かあったら何でもいいなさい」と言われた、と教えてくれた。
人なつっこく慕ってくれる少女はいま、17歳。これからも大変なことはあるだろう。木井さんは、伴走を続けていく。


「「トゥレット症」理解を

 
  無意識のうちに体がピクッと動く、声や言葉を急に発するといった症状が繰り返される「トゥレット症」。発達障害の一つで、発症率は子ども千人に3〜8人と推定され、認知度が低いため誤解や偏見を招くことが多い。今月上旬、松山市で講演した東京大の金生由紀子準教授(児童精神医学)は「自分で抑制できず、症状に波もある。周囲や本人が特徴を正しく理解することが大切」と呼び掛けた。
トゥレット症は、体を動かしてしまう「運動チック」と、声を出してしまう「音声チック」の両方が慢性的に続く場合をいう。チックとは、自分でコントロールできず繰り返される体の動きや音声で、運動チックにはまばたきや目鼻を動かす動き、音声チックにはせき払いや喉を鳴らすなどがある。 金生準教授によると、チックの発症は4〜6歳の幼児期に多く、10代前半に症状のピークを迎えて、変動しつつも成人期までに患者の59〜85%が軽快に向かう。自然の経過として部位や種類が変わったり、不安や緊張状態によって増減をしたりするのも特徴だ。環境によってはチックが出にくい場合もあるため、知らない人から「わざとしている」「症状を止めることができる」と誤解されることが多い。
「やめなさいと、無理に止めようとすることは逆効果。かえってチック症が悪化する可能性もある」。金生準教授はこう説明し、症状を受け止めて向き合い、少しずつ調節していくことが重要と語る。
トゥレット症にはさまざまな併発症が起こりやすい。注意欠陥多動性障害(ADHD)や自閉症スペクトラム障害(ASD)のほか、強迫性障害(強迫症)などがあり、併発症の有無やその重症度が生活に影響するため、早い時期からの理解や支援が必要だ。
もし自分の子どもがチック症かと思ったら   。幼稚園から小学生まではかかりつけの小児科に、中高生で症状が強く生活に支障が出る場合は精神科や神経内科などに相談してみよう。治療の基本は症状を理解し、うまく付き合うこと。本人や家庭、学校や職場で情報を共有して対応したい。
トゥレット症は脳機能の発達障害だが、病因については十分に分かっていない部分も多い。金生準教授は、親の育て方や本人の性格に問題があって起こるのではないとし、家族や周囲の接し方として「ささいな変化で一喜一憂しない。本人の特徴の一つとして受容することが大切」と話している。

保育と幼児教育版2020年5月

 愛媛新聞 朝刊より